秋風のニスの匂ひを花かとも  正木ゆう子

秋風にのって流れてくるニスのにおいを、花の香りかもしれないと思ったという。奇想のにおう句。
「ニス」と「花」とを並べることで、ニスのきつい匂いの中にある華やかさと、花の香の中にある鋭さが、互いに引き出されている。

週刊俳句130号より。どの句もすてきな、豪華な10句です。

あやまちはくりかへします秋の暮  三橋敏雄

この句、誰が言葉を発しているのか、
読んでいるとだんだん分からなくなってくる。
敏雄という個人でも、慰霊碑を立てた人たちでもなく、
何かぼんやりとした、神さまのような声にも思えてくる。

原爆死没者慰霊碑に刻印されている、
「安らかにおねむりください 過ちはくりかへしませんから」
という有名な文言をもじった句だ。
「あやまちはくりかへします」と、
アイロニカルに言い換えることによって、
前者の文言への懐疑が示されている。
人間は、やはり同じ過ちを犯してしまうのでは
ないかという、悲しい諦めのにおう俳句だ。

この句が作られたのは、戦後まもなくでも、
昭和27年に原爆死没者慰霊碑が序幕された頃でもない。
日本が、高度経済成長を遂げ、バブル真っ只中の頃だ。
この慰霊碑に刻まれている
「あやまちはくりかへしません」の文言を、
ともすれば人々が忘れかけていた頃に、この句は詠まれた。

その背景を鑑みると、この句は、
享楽におぼれる人々を見て、
人間はまた同じ過ちを繰り返すのではないかと
半分諦めかけていながらも、
それでも戦争は繰り返してはいけないことなのだと、
改めて、宣言している句だと断言したくなる。

のちに、敏雄はインタビュー記事の中で、
戦争を俳句に詠むことへの思いを次のように述べている。

  戦争は、憎むべきもの、反対するべきものに決まってますけれど、〈あやまちはくりかへします秋の暮〉じゃないけれど、何年かたって被害をこうむった過去の体験者がいなくなれば、また始まりますね。いずれにせよ、昭和のまちがった戦争の記憶が世間的に近頃めっきり風化してしまった観がありますが、少なくとも体験者としては生きているうちに、戦争体験の真実の一端なりとせめて俳句に言い残しておきたい。単に戦争反対という言い方じゃなく、ずしりと来るような戦争俳句をね。
(『証言・昭和の俳句 下』角川学芸出版)

「秋の暮」の一句は、確かに
「単に戦争反対という言い方じゃなく、
ずしりと来るような戦争俳句」だ。

昭和63年に発行された『畳の上』(立風書房)所収。

木曜日、大学のゼミの発表があるので、
その準備に追われている。
「反戦俳句のレトリック」について。
この敏雄の句も、そこで取り上げる予定。

揚羽追ふこころ揚羽と行つたきり  高柳克弘

私が、高柳さんの俳句で、一番はじめに覚えた句。

こころにぽっかりと空いた空間のことを、
「外套やこころの鳥は撃たれしまま 枇杷男」
という風に、鋭く記述することもできれば、
掲句のように、やわらかく匂わせることもできるのだと、
何か言葉のゆたかさを感じたものだった。
どちらも好きな句で、そのときの気分の
プラスマイナスによって、思いだす句が左右する。

この句には、揚羽が去ったあと、なんとなく、
見えなくなってからも、ぼーっとしてしまう、
放心の感じが、よくでている。
あくがれいづる、というか。
「行つたきり」なので、今しゃべっている本人のほうは、
ここに、からだとともに残されている。
でも、それに誘われていった心のように、
私もひらひらとそちらへ行きたい、
そういう甘い感慨、私好きです。

29歳(もう!)で出した、第一句集『未踏』(ふらんす堂)より。
こちら(高柳克弘のページ)からも購入できるようです。

豈weeklyに、『未踏』評、載せていただきました。
もちろん、ほかにも、書きたい角度はたくさん
あったのですが、ストレート球を投げると、
こういうことかなあ、と思ったりしています。
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